【460年以上続く伝統】「与論十五夜踊り」受け継ぐ男性の思い
2026年10月21日(水) 18:45
人口減少や高齢化が進み、各地で伝統文化の存続が危ぶまれる中、鹿児島県の与論島で460年以上続く「与論十五夜踊り」でも担い手不足が課題です。
そんな中、伝統を次の世代につなごうと奮闘する男性がいます。
十五夜踊りにかける思いを取材しました。
鹿児島県の最南端に位置し、沖縄県にほど近い与論島。
青い海に囲まれたこの島で、465年にわたって受け継がれてきた伝統芸能が「与論十五夜踊り」です。
島民の平穏な暮らしや五穀豊穣を願い、年3回、地主神社で奉納されます。
戦国時代の永禄4年・1561年に始まったとされ、本土の狂言と琉球風の踊りを組み合わせているのが特徴です。
踊り手の1人、町聡志さん、40歳。
与論島出身で、保存会に入って丸6年です。
与論十五夜踊り保存会・町聡志さん(40)
「今年もにぎやかに楽しんでもらえた」
本番を前に準備を進めるのは保存会のメンバー。
現在、19人が所属しています。
踊り手は男性に限られ、これまでは代々世襲で受け継がれてきました。
与論十五夜踊り保存会・市村博司会長
「僕が入る前は親が子に継ぐ形が多かった。今は『子どもが女の子しか生まれなかったからできない』とやめていったり、経済的な理由で座元になったときにできないことがある」
多いときには30人近くいた担い手は、1997年には13人まで減少。
こうした状況を受け、保存会や与論町は、男性に限る伝統は継承しながらも、家系にとらわれずに参加できるよう世襲制を緩和、さらに、これまで代表者の自宅で行われていた前夜祭や道具の保管を保存館に移すことで、担い手の負担軽減にも努めてきました。
その結果、担い手は少しずつ増え、近年は20人前後で推移しています。
普段、与論町役場で働く町さん。
加入のきっかけは奄美出向中に行われた会長からの熱心な誘いでした。
町さん
「『奄美から帰ってきたら島のために一役買ってくれないか』という電話が年に3回かかってくる。そういうことであればと」
ただ、町さんが入会した当時は新型コロナウイルスの感染拡大で、奉納の継続も危ぶまれていました。
町さん
「『みんなが早く安心できるような状況が訪れますように』ということで、十五夜踊りはそういった祈りを集める場だから、必ずみんなでまた笑い合って与論献奉を楽しめる時が来るように、今はいろんなやり方を工夫しながら頑張ろう」
時代ごとの困難に直面しながらも受け継がれてきた与論十五夜踊り。
町さん
「島の平安とか安穏をここから年末までいい年になればという思いで、ベストを尽くして神様に祈りの舞をささげたい」
麓伊賀久記者
「多くの見物客が見守る中、いよいよ伝統の十五夜踊りが始まります」
本土の狂言を取り入れた「一番組」と、琉球風の踊りを取り入れた「二番組」がそれぞれの演目を披露。
さらに旧暦の8月15日にだけ行われる獅子舞や大綱引きなどもあり、会場は大いに盛り上がりました。
観光客
「熱気もすごくて踊りも初めて見たが、すごく楽しく参加させてもらった」
「日本全国でいろいろなものが消えそうになっているので、つなごうとする感じが素敵」
「毎回来ているがそのたびに雰囲気が違う」
住民
「毎回、来ているがそのたびに違うもんだから雰囲気が」
盛り上がりを見せた十五夜踊りですが、現在も担い手不足が続いていて披露できない演目も。
保存会のメンバー
「知っている人とか若い人に声かけをしたりするが集まらない。すべての演目が踊れない」
町さんは島の伝統を次の世代につなごうと歩みを続けます。
町さん
「与論十五夜踊りの営みこそが与論に生きる人たちの思いとか、歴史をぎゅっと凝縮したものになっているのかな。島の人たちの笑顔が増える一助になればと思って、精進していきたい」
伝統を守るためにー。
時には形を変えながら脈々と受け継がれてきた「与論十五夜踊り」。
次の世代につなぐため模索が続きます。
そんな中、伝統を次の世代につなごうと奮闘する男性がいます。
十五夜踊りにかける思いを取材しました。
鹿児島県の最南端に位置し、沖縄県にほど近い与論島。
青い海に囲まれたこの島で、465年にわたって受け継がれてきた伝統芸能が「与論十五夜踊り」です。
島民の平穏な暮らしや五穀豊穣を願い、年3回、地主神社で奉納されます。
戦国時代の永禄4年・1561年に始まったとされ、本土の狂言と琉球風の踊りを組み合わせているのが特徴です。
踊り手の1人、町聡志さん、40歳。
与論島出身で、保存会に入って丸6年です。
与論十五夜踊り保存会・町聡志さん(40)
「今年もにぎやかに楽しんでもらえた」
本番を前に準備を進めるのは保存会のメンバー。
現在、19人が所属しています。
踊り手は男性に限られ、これまでは代々世襲で受け継がれてきました。
与論十五夜踊り保存会・市村博司会長
「僕が入る前は親が子に継ぐ形が多かった。今は『子どもが女の子しか生まれなかったからできない』とやめていったり、経済的な理由で座元になったときにできないことがある」
多いときには30人近くいた担い手は、1997年には13人まで減少。
こうした状況を受け、保存会や与論町は、男性に限る伝統は継承しながらも、家系にとらわれずに参加できるよう世襲制を緩和、さらに、これまで代表者の自宅で行われていた前夜祭や道具の保管を保存館に移すことで、担い手の負担軽減にも努めてきました。
その結果、担い手は少しずつ増え、近年は20人前後で推移しています。
普段、与論町役場で働く町さん。
加入のきっかけは奄美出向中に行われた会長からの熱心な誘いでした。
町さん
「『奄美から帰ってきたら島のために一役買ってくれないか』という電話が年に3回かかってくる。そういうことであればと」
ただ、町さんが入会した当時は新型コロナウイルスの感染拡大で、奉納の継続も危ぶまれていました。
町さん
「『みんなが早く安心できるような状況が訪れますように』ということで、十五夜踊りはそういった祈りを集める場だから、必ずみんなでまた笑い合って与論献奉を楽しめる時が来るように、今はいろんなやり方を工夫しながら頑張ろう」
時代ごとの困難に直面しながらも受け継がれてきた与論十五夜踊り。
町さん
「島の平安とか安穏をここから年末までいい年になればという思いで、ベストを尽くして神様に祈りの舞をささげたい」
麓伊賀久記者
「多くの見物客が見守る中、いよいよ伝統の十五夜踊りが始まります」
本土の狂言を取り入れた「一番組」と、琉球風の踊りを取り入れた「二番組」がそれぞれの演目を披露。
さらに旧暦の8月15日にだけ行われる獅子舞や大綱引きなどもあり、会場は大いに盛り上がりました。
観光客
「熱気もすごくて踊りも初めて見たが、すごく楽しく参加させてもらった」
「日本全国でいろいろなものが消えそうになっているので、つなごうとする感じが素敵」
「毎回来ているがそのたびに雰囲気が違う」
住民
「毎回、来ているがそのたびに違うもんだから雰囲気が」
盛り上がりを見せた十五夜踊りですが、現在も担い手不足が続いていて披露できない演目も。
保存会のメンバー
「知っている人とか若い人に声かけをしたりするが集まらない。すべての演目が踊れない」
町さんは島の伝統を次の世代につなごうと歩みを続けます。
町さん
「与論十五夜踊りの営みこそが与論に生きる人たちの思いとか、歴史をぎゅっと凝縮したものになっているのかな。島の人たちの笑顔が増える一助になればと思って、精進していきたい」
伝統を守るためにー。
時には形を変えながら脈々と受け継がれてきた「与論十五夜踊り」。
次の世代につなぐため模索が続きます。
















































































































